奄美大島にある日本の「黒糖発祥の地」

 

こんにちは。今週は梅雨らしい日が続きそうですね。
奄美大島の大和村戸円というところに、日本で初めてサトウキビが栽培され、
黒糖が作られたとういう場所があるというので行ってきました。
約400年前に直川智(すなお かわち)翁が、中国から持ち帰った3本のサトウキビの苗から
日本のサトウキビ栽培が始まったそうです。
この場所は、きびの郷「磯平パーク」として残ってて、大和村の公式サイトにはこのように解説してあります。

 

きびの郷磯平パークの由来

きびの郷磯平パーク 慶長十年(1605年)大和村大和浜出身の直川智翁は琉球に渡る途中に
台風にあい、中国の福建省に流されました。
翁は、一年半の滞在期間に大陸の農業を見聞し、ひそかに黒糖の製法を学びました。
当時、中国では、製糖技術を外国人に教えることは禁止されていましたが、
サトウキビの栽培技術と黒糖の製法をひそかに学び、帰国の際には、衣類箱の底を二重にして
命がけでキビ苗三本をかくして持ち帰り、大和村戸円の磯平のこの地に植栽しました。
キビの成育は順調で次々と増産し、三年後の慶長十五年には日本で初めての
黒糖製造に成功しました。
その後、翁は、サトウキビ栽培を群島内に奨励し、技術改良に専念しました。
又、子孫には、家業としての伝授を命じ、製糖技術の向上と栽培の拡大をすすめました。
幾多の時代を経て、現在ではサトウキビは奄美の基幹作物となっています。

出典 大和村公式サイトより

 

 

 

 

東シナ海を一望できる高台にあり、この日は曇りでしたが雲がなければ夕陽がきれいに見えそうです。
磯平パークへの入り口はわかりにくく、駐車場までの通路が急な下り坂になってますので、
行かれる際はご注意ください。

直川智は、開饒神社(ひらとみじんじゃ)に、サトウキビ・黒糖の守り神として祭られています。
実在の人物が祭られていることからも、奄美のサトウキビが日本の近代化もたらした影響の大きさが伺えますね。

もし、400年前に直川智翁が、台風で流されなかったら、またサトウキビの苗を持り帰らなかったら、
奄美基幹関産業となっている、サトウキビも黒糖も、黒糖から作られる黒糖焼酎もなかったかもしれません。

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